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東京高等裁判所 昭和39年(ラ)211号 決定 1965年10月13日

抗告人 井上和男(仮名)

相手方 井上順子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の本件抗告の趣旨及びその理由は別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

抗告理由一及び四について

抗告人主張のように抗告人とその両親である井上吉松、同ミナとの間に親子としての特別深い愛情が存在し、また抗告人と相手方が結婚する当初相手方が右吉松等と同居するから結婚したいと申し出たものであるとしても、原審認定の諸事実によつて考えれば、将来抗告人が相手方と円満な夫婦生活を築くためには、この際一応は両親である吉松等と別居して夫婦中心の家庭生活を営み、互いに相手方を理解するように努めて夫婦生活の基礎となるべき相互の愛情と信頼を育み、経済的にも吉松等に依存することをやめ夫婦で協力して独立の家計を営むように努めるのが妥当であると認められる。よつて抗告人のこの点に関する主張はその理由がない。

抗告理由二及び三について

抗告人と相手方が吉松等と別居して夫婦生活を営む場合両名はいわゆる共稼ぎであるから長女美子(三歳)を日中一人で放置できないことは抗告人主張のとおりであろうが、だからといつて抗告人等が吉松等と同居する以外に方法がないということにはならないのはもちろんであり、例えば抗告人主張のように吉松等と同居して同人等に美子の面倒を見て貰うというのであれば、別居した場合においても日中吉松等に美子を預けるということも可能な筈であるし、その他託児所に限らず適当な預け先を見つけることも必ずしも不可能とは考えることができない。

また抗告人は相手方には過去に男関係が多く両親と別居した場合には抗告人の留守中如何なる行動をとるか甚だ不安であるというけれども、吉松等に相手方の素行を監督して貰うということが同人等と同居するのを相当とする理由となり得ないことは自明のことであり、むしろこのような相手方に対する不信の念こそ従来、相手方との夫婦生活の円満を阻害して来た原因の一つというべきである。よつて抗告人のこの点に関する主張はいずれも採用の限りでない。

抗告理由五について

抗告人主張のように吉松等が今日営業を廃し全く無職であるとしても、本件記録及びこれに添付してある前橋家庭裁判所昭和三八年(家イ)第四九号夫婦関係調整事件の記録によれば同人等は経済的に十分自活できる丈の収入があるものと認められるし、かつ吉松等居住家屋が抗告人等夫婦が同居して尚余りある広さであるとしても、それだけでは前記結論を左右するものでない。

以上の次第で抗告人の主張はいずれも理由がないことが明らかであるから本件抗告を棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高井常太郎 裁判官 中川哲男 裁判官 藤田耕三)

別紙

抗告の理由

審判に於て元来夫婦はその両親と同居しなければならないものではなく、又同居してはならないものでもないと言うておるがさてその何れを撰ぶべきかは、何れを採つた方が夫婦の将来に於て幸福を得られるであろうかということを重点として考察しなければならない問題であり、家庭裁判所の此点を考えて審判を下すべきである。

然るに原審裁判所に於ては左記の重要なる点を全く無視して検討することなしで審判を下して居る。

一、申立人は一人子である両親の間で唯一人の男の子である。従つて両親に於ても申立人としても特別深い愛情を持つて居る。であるから申立人と相手方の結婚するに当り相手方が舅姑と同居するから結婚して欲しいとの申出であつたからこそ両親の承認を得て結婚したのである。申立人は一人の子供しかない両親の淋しい気持を推察してあくまで両親が満足する様出来得る限りの孝養を尽したいと考えて今日まで来たのであるにも不拘申立人が独立心に乏しく両親に依存する傾向強く信頼感が失せたと放言して憚らない。此申立人の心情を誤解することから本件の如き争いが生ずるものである。相手方がここの道理を理解したなら必ず家庭は円満であるであろう。

二、原審に於ては申立人と相手方の給与の合計が金五万円余で両親も営業上の収入があつて自活し得るから融合し得ない複合家族関係を解消する為め、両親と別居することを妥当なりと審判を下して居る。かかる判断は生活の一端である経済生活の面だけを取上げたものであつて極めて浅薄である。

両親と別居した後に於ても相手方は日赤病院に看護婦として勤務出来ると考えて居るのであろうか。仮りに出来たとしても子供はどうなるかと考えたであろうか。未だ三歳にも満たない長女美子を如何に処置するのか両親の下に同居して居てこそ、長女美子を両親、特に言えばおじいさん、おばあさんに面倒を見て貰つて始めて申立人も相手方も安心して勤務に服することが出来るのである計りでない。終日両親を離れて一人家に居る子供のことを考えるとき普通の常識を持つてしては到底堪えられないものがあるべきである。立派な託児所でもあるならば格別のこと、そうした施設のない前橋市に於ては極めて不健全な家庭と言わねばならない。非行少年の多くなる現今の状勢の下に於ては尤も関心を示して考えねばならない事柄ではあるまいか。

三、相手方は過去に於て男関係が多く、他の男性と同棲したこともある経歴を持つて居り申立人と結婚の後も順子は居るかと度々訪ねて来た男性があり、居ないと断ると又来ると言つて帰つて行く、一日友達数人と共に同様順子を訪ねて来て友達の一人が「あの人が順子の夫だ」と教えたところ大変恐縮して帰つて行つた例もある。

両親と別居して後申立人の留守中、如何な行動を採るか申立人としては甚だ不安な感じをもつて居る。かかる状態下で例え別宅しても円満なる家庭は作れないではないかと思うのである。

四、子供は親を扶養する義務はないとか、嫁は舅の面倒を見る必要はないとか盛んに叫ばれて居るが決して好ましい風潮ではない。本件の如く所謂嫁である相手方の勝手な欲望から両親と同居することを希望しないというだけの理由で両親と別居させ様とする本審判に対しては全く不服である。

五、両親は今日に於ては営業を廃し全く無職であり、且つ家屋は申立人等夫婦が同居しても尚余りある広さである。

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